おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2019.09.01column

聴講「日本少女歌劇座の35年 元祖ローカルアイドルの群像」

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8月31日午後、奈良県大和郡山市のDMG MORIやまと郡山城ホールで、上掲展覧会と興味深い講演を聴きました。

今年3月25日たまたま読んだ日経新聞文化面に今回の講演者鵜飼正樹・京都文教大学教授の寄稿文「少女歌劇座の旅路たどる」を読んで、大変に興味を持っていましたので、SNSで知って、この日が来るのを楽しみにしていました。

14時からの講演前に展示を半分拝見し、聴講後に残り半分を観ました。一生懸命調べられた様子に頭が下がります。

DSC_0737展示会場入り口の大きな掲示。

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最後のページに「情報提供のお願い」とあり、催しそのものが無料、しかも今日で終わりでしたので、見逃した方のためにご覧いただこうと配布されたパンフレット4面ともアップしました。

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圧巻だったのは、当時の鉄道地図の上にNSK(「日本少女歌劇座」の愛称で、「ニッショウ」 とも)の公演を記した展示。見事に鉄道網の発達と重なっています。1928(昭和3)年のもの。説明によれば、長崎で正月公演、九州、中国、四国、近畿、東海、関東、東北を経て、7月に北海道に渡り、函館、札幌、釧路、帯広、旭川などを回り、8月末には再び本州に戻り、東北、信越、北陸、山陰を経て、年末は姫路で公演をしています。

公演先は37都道府県で134カ所、移動距離約4000キロで、休みは10日程度だそうですから、もの凄いハードワーク。でも鵜飼教授がインタビューされた女性は、楽しかった思い出しかないようです。戦後の人の証言では、お給料は決して安くはなかったようですが、買い物や遊びたくても時間がありませんよね。勝手に想像するのですが、皆さん故郷の家族にせっせと仕送りしておられたのではないかしら。一家の稼ぎ頭だったのかも。中には、親から勘当されて、この道に憧れて入ったと証言してる人もおられました。きらびやかなレビューは、いつの世も女の子たちの憧れの存在でもあったでしょう。年に一度会いに来てくれるアイドルに影響されて入団する人たちもいて、郷里での公演の時は凱旋公演と華々しく宣伝もしていました。

最初のトップスターが、2枚目に掲載した写真右上の山路妙子さんというのも驚き。我が故郷、富山県出身‼ 中新川郡水橋町(みずはしまち)で現在は富山市内。地元では有名だったのでしょうね、凱旋公演でどのような熱気で迎えられたのか、往時を知る人々の思い出も聞いてみたいところです。

地図を見ると、今も昔も賑やかな京都の新京極の劇場にも来ていたのですね。新京極界隈には多くの劇場や映画館がありました。昭和3年と言えば、小型映画のパテ・ベビーがありましたから、どなたか映像記録を残しておられないかしら?そして、歌声を吹き込んだレコードなども見つかれば面白いのですが。

神戸、大阪、東京都心部など宝塚少女歌劇や松竹少女歌劇の活動エリアは避け、何故か、発祥地の奈良では公演が余り行われていないことも、奈良にNSKがあったことをご存じの人が少ない理由かもしれません。各地に鉄道が敷かれると駅前に300~400人収容の劇場ができました。そこに専用列車3輛(1両目は彼女ら、2両目は男性の楽団員や照明さん、道具係さん、3両目は道具)を使って移動しました。劇団の主宰者島幹雄(大和郡山出身)は鉄道局に顔が利いたのでしょう。計画的にスケジュールを組み、鉄道局の協力を貰って巡業していました。戦後は映画が流行ったので、レビューを公演できるような劇場は減りますが、公民館など公的な場所を活用したり、あるいは映画の隙間に組み込むこともあったのかもしれません。島は、政治家や警察とも太いパイプを持っていたようで、国内だけでなく戦前・戦中は台湾、朝鮮、満州でも公演して回りながら、各地で諜報活動をしていたという見方もあるそうです。

講演会場は、立派なホール内図書館の一室で、大勢立ち見が出る盛況でした。質問も多く出て、充実した2時間。終了後ご挨拶できたのも良かったです。鵜飼先生が京都新聞に連載された「もう一つの昭和芸能史」「サムライ日本ショー」以来のファンだったので、直接お会いでき、お話しもお聞きすることができて大変嬉しかったです。その上、今ネットで検索して分かったのですが、姉も関わっている富山県高岡市福岡町の「つくりもんまつり」に1998年から通い続けておられるとか。実りの秋に感謝して、野菜や果物などを使って造形した「つくりもん」は、それはそれは立派なものです。それに関心を寄せてくださっていることに感激しました。先生には「いつかご縁がありましたら、ぜひ何かご一緒にやりたいです」とラブコール。実現すると良いなぁと思っています。

 

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