おもちゃ映画ミュージアム
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2020.09.07column

京都新聞「社説」に大阪芸大映像学科卒・小原浩靖監督『日本人の忘れもの』が取り上げられました‼

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今朝の京都新聞の社説に大阪芸大映像学科卒V82 の小原浩靖監督『日本人の忘れもの』を取り上げて、アジア・太平洋戦争後のフィリピンと中国東北部に孤児として残された人々とその家族の苦悩について書いてありました‼ この作品は、8月の企画展「『満州国』って、知っていますか?」の時にもポスターを掲示し、予告編を紹介してきました。

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京都では8月7日~13日に京都シネマで公開され、見に行ってくださった方も多くおられ、「良かった」という声を頂戴しました。企画展中は「満州」に関するご本人やご家族の話を幾人もの方からお聞きしましたが、フィリピン残留孤児についてお聞きすることはなかったです。この映画によって、フィリピンにも終戦後、過酷な状況を強いられ、それが今も継続している問題であることを知った人が多かったのではないでしょうか。

戦後75年経ち、すでに高齢になった「残留孤児」たちのこれまでの苦労、苦悩に思いを寄せて、国には一日も早く救いの手を差し伸べて頂きたいです。この映画が全国隅々までに上映され、「国籍回復へ政治決断急げ」の世論が巻き起こることを期待しています‼

8月30日で終わった「『満州国』って、知っていますか?」ですが、昨日も問い合わせを頂くなど関心の高さを感じます

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最終日に来館頂いた写真の立命館大学国際平和ミュージアム学芸員さんから、廟嶺京都開拓団についてよくご存じの方を紹介して頂きましたし、京都市伏見区の小栗栖地域に暮らしておられる中国残留孤児だった人々を支援しておられる方々に幾人も出会いましたので、いずれ「映像を通して平和を考える」Part4として、続編を開催したいです。

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今回は比較的年齢が若い方の見学も多かったです。「余り祖父母から話しを聞く機会がなかったから、満州がどうだったのか知りたかった」という声が聞かれました。悲惨な体験を子や孫に語りたがらなかった人々もおられるでしょう。展示している書籍を買い求めたいという声も相次ぎました。小さな展示でしたが、これが学びを始めるきっかけになれば嬉しいです。

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写真は最終日閉展間際のお客様たちですが、もっとたくさんのお客様がおられる時に、借用して展示していた紙芝居『大日向村』を読みました。その聴衆の中に共産党の衆議院議員穀田恵二さんもおられました。穀田さんは、山本宣治を取り上げた講演会にも足を運んでくださったことがありました。以前沖縄の戦前と戦後の映像に関する催しをしたときには、戦争経験があり、自民党幹事長などの要職をつとめて引退された在りし日の野中広務さんが参加して下さったこともありました。何党によらず、国政に携わる議員さんに見ていただけたのがとても嬉しかったです。政治家の皆さんには、再び誤った舵取りをされないよう過去に謙虚に学んでいただきたいと唯々願うばかりです。

昨日の京都新聞によれば、前述伏見区小栗栖地域に暮らしておられる中国帰国者と家族対象に1998年から行っていた日本語教室が、今年3月に活動を終えられたそうです。1990年に帰国した奥山イク子さん(86歳)が立ち上げ、小栗栖宮山小学校PTA会長だった野中和代さん(故人)らが中心になって立ち上げた教室ですが、奥山さんの体調がすぐれないことや、一世の方が亡くなったり、外出できなかったりと減少したこともあり教室運営が困難に。奥山さんは「苦しい決断だった。冷たかった祖国で、楽しい時間を過ごせた数少ない場所だった」と話しておられます。京都に縁のない帰国者にとり、教室の資金作りや場所の確保、講師などを手伝ってきたボランティアの存在(21年間で100人超)は、「日本で初めて触れた優しさだった」とも語っておられます。

現在京都府内で帰国者対象の支援金給付金を受給しておられる世帯は80世帯117名。どうぞ、フィリピンで国籍回復を願っておられる「残留孤児」たちにも、「冷たい祖国」と思わせることのないよう、温かい支援の手を差し伸べてあげてください。お願いいたします!!!!!

【9月10日追記】

 

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9月6日付け記事を書かれた藤松記者さんのコラムが、今朝の新聞に載っていました。文中にも“棄民”という言葉が出てきます。8月23日中国から引き上げて来られた黒田雅夫さんのお話をお聞きしましたが、それ以降も幾度となく、黒田さんから嬉しい電話がかかってきます。当館で黒田さんのお話を聞かれた方などから「もっと体験談を聞かせて欲しい」という要望が相次ぎ、遠く東京へも行かれる予定だとか。元気なうちに、少しでも自分の体験を話しておきたいという気持ちが強く、とりわけ子ども達や若者に、その思いが伝わっていることを喜んでおられます。

黒田さんが中国で生き別れた弟さんも、記事にある小栗栖にお住まいのようです。23日に披露した紙芝居『やっちゃんと3人もお母さん』のモデルとなった小林弥助さんも同様に、日本語が分からず、日常の些細な習慣の違いなどもあって苦労されているそうです。たまたま入手した「満州」移民を促進する目的で作られたと思われる16ミリフィルムから、いろんなことを学んでいます。

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