おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2020.04.08column

お世話になった渡辺泰先生、どうぞ安らかにお眠り下さい。

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4月6日付け朝日新聞三社面掲載の渡辺泰先生訃報。他に読売新聞などにも掲載。
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こちらは、4月7日付け京都新聞対向面に載った訃報。先生がお勤めをされていた毎日新聞をネット検索すると、7日付け東京版朝刊に掲載されたようで、「毎日新聞大阪本社写真製版部の1977年、『日本アニメーション映画史』を共著で刊行。日本やディズニーアニメ史の研究で知ら(後は有料記事なので省略しました。悪しからず)」とあります。新聞各紙で訃報が掲載されたことは、これまで先生がコツコツと資料を集め、研究を積み重ねてこられたことが支持されている証ですね。

4月4日に渡辺泰先生の訃報を聞いて、その喪失感にまだ浸ったままです。3月27日にお亡くなりになったことを全く知らなかった私は、28日先生に宛てて、共著『ニッポンアニメ創生記』(3月10日、集英社)寄贈の御礼と22日に終わったばかりの「没後30年アニメーション作家岡本忠成 ミニ資料展」の報告を書いた手紙をお送りしたばかり。生前間に合わなかったことが残念でなりません。

アニメーション関係で分からないことがあれば、いつも電話をかけて教えて貰っていました。岡本忠成さん没後30年の催しができたのも、元はといえば渡辺先生のお口添えがあったから。2017年11月22日~26日、日本と中国で人形アニメの礎を築いた持永只仁さんの展覧会をしたときに、「その弟子に当たる川本喜八郎さんと岡本忠成さんの人形もお借りして展示したら良いのではないか」と提案してくださり、伝手のない私どもに替わって協力依頼の手紙を書いて下さって、実現することができました。持永さん、川本さん、岡本さんの人形が一堂に会したのは、この時が初めてのことだったそうです。

京都新聞記事によれば、3月27日14時37分に旅立たれたとのこと。少しも知らないでいた私は、その時間何をしていたのだろうと、日記をめくると、骨董市で奥田商会のフィルム幻燈映写機を買っていたのでした。いろいろ調べての勝手な推測ですが、1932~35年の間に作られたものではないかと思います。

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先生は1934年2月18日生まれなので、この幻燈フィルム映写機とは、ほぼ同じ年。モノと比べても詮無いことと分かってはいるのですが、身の回りのいろんなことを先生に結びつけて考えては、シンミリしています。

渡辺泰展A-コピー

2018年9月5日~10月14日前期・後期に分けて、初めて先生のこれまでの研究活動とその功績について展覧会をしました。「僕なんかの展覧会をしても誰も来ませんよ」と謙虚におっしゃっていましたが、決してそのようなことはなく、遠くからもたくさん見に来てくださいました。自分の勉強用に、メモを取っている人も多く見かけました。

せっかくだからと、トークイベントを急遽計画して10月6日に開催したら満員に‼その時のことはこちらで書いています。

DSC06626-2-コピー「渡辺泰展」チラシを作るために、連れ合いが先生の似顔絵を描いたのですが、先生はそのことをとても喜んでくださいました。慣れないことでしたが、後に色紙にしてお渡ししたことも、今となっては懐かしい思い出です。写真は、その絵を、皆さんにご紹介してくださっているところ。このにこやかな表情が忘れられませんね。淋しいです。

先生が初めてミュージアムに来て下さったのは2015年8月30日で、9月2日付けの手紙を受け取りました。「とにかく映画フィルムと映写機大好きの小生にとっては、初めて見学させて頂いたミュージアムは値千金で、至福の半日でした」と書いて下さり、その日お見せした「のらくろ」のフィルムについて調査したものを同封して下さいました。この日は先生が高校生の時に大阪の松屋町の玩具問屋で見つけて、思い切って購入されたディズニーの「ミッキーの二挺拳銃」を、クランクを回して上映したことを本当に喜んでくださいました。「初めて試写して以来、2度目の映写だった」そうです。あいにく、その日私は滋賀へフィールドワークに出かけていて不在でしたが、上の写真で見るような満面の笑みを浮かべておられたでしょう。これまで、たくさんの手紙を貰いました。全てが、かけがえのない宝ものです。

こうして、渡辺先生とのことを振り返っていて、ふと『カスチョール』の最新号のことが気になり、夕べ発行責任者の田中泰子さんに尋ねてみました。「カスチョール」はロシア語で「たき火」のこと。この冊子を発行している「カスチョールの会」は、ロシア児童文学・文化を通して、日本の子どもの文化を考える活動をされています。ロシア児童文学研究者で翻訳家の田中泰子さんとは、2018年10月13日に「渡辺泰展」に見に来てくださった時に知り合いました。その後、10月20日森英男監督の映画上映会「子どもに本を―石井桃子の挑戦」の折りにも参加してくださり、家族ぐるみで交流されていた石井桃子さんについてお話を聞かせて貰いました。その時のことはこちらで書いています。

そこでも紹介していますが、『カスチョール』33・34合併号に渡辺先生が田中友子編集長と一緒に作成された「日本で上映されたロシア・ソ連のアニメーション(その1:1912~69)」が掲載されています。1番目のV.スタレーヴィッチ監督・美術『 カメラマンの復讐』(1912年)から始まり134番目のR.カチャーノフ監督『ワニのゲーナ』(1969年)まで、邦題/原題/制作年(日本公開年)/上映時間/摘要=監督・美術・音楽・手法・製作所・原作・あらすじ他=を網羅した大変貴重な労作です。

そこで、続きの「その2」がどうなったのか、もし発行されていたのなら読んでみたいと思いました。田中さんからの返信メールには、現在ソビエト、ロシア児童書約500冊の書評集『本からロシアが見えてくる』の出版準備中で、それが出来上がり次第、『カスチョール』最終号の35号に着手の見込みで、幸いにもそこに渡辺先生の後半が掲載されるそうです。大変な作業なので、もう暫くかかるようですが、楽しみに待ちたいと思います。おそらく、それが渡辺先生最後の研究成果物になるのでしょう。体はなくなっても、先生の研究成果はこれからも多くの人々に活かされます。

渡辺泰先生、本当にいろいろありがとうございました。どうぞ、安らかにお眠りください。

合掌

【後日追記】

 IMG_20200516_0001 - コピー「一緒にお見舞いに行きたいね」と話していた伊藤恵里奈記者から掲載誌が届きました。この願いは結局叶いませんでしたが、こうして記事に書いてくださったことで、多くの方に渡辺先生のことを知っていただくことができます。この掲載紙にはハンセン病の語り部藤田三四郎さん(3月15日死去、94歳)と映画作家大林宣彦さん(4月10日死去、82歳)も載っていて、黄泉の客となられた渡辺先生は「僕なんか…」と謙遜しながらも、喜んでおられるのではないかと思います。

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こちらは5月18日付け毎日新聞朝刊。元プロ野球監督関根潤三さん(4月9日死去、93歳)と並んで「悼む」欄で掲載。ご自身が勤務されていた毎日新聞に載ったので、きっと泉下で喜んでおられることでしょう。個人的には、最後の一行が好きです。

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